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大阪地方裁判所 昭和49年(ワ)966号 判決

原告

十倉多賀男

右訴訟代理人

前田貞夫

外四名

被告

国際協力事業団

右代表者総裁

法眼晋作

右指定代理人

岡崎眞喜次

川口初男

主文

被告は原告に対し金二〇〇万円およびこれに対する昭和四九年三月二一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを五分し、その四を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し金二、〇〇〇万円およびこれに対する昭和四九年三月二一日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  担保を条件とする仮執行免脱の宣言。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

(一) 被告は、昭和四九年法律第六二号の施行により同年八月一日解散した海外移住事業団の一切の権利義務を承継したものであり、同事業団は、昭和三八年七月一五日同年法律第一二四号に基づき設立された特殊法人であつて、同法により日本海外移住振興株式会社(以下移住会社という)および財団法人日本海外協会連合会(以下海協連という)の一切の権利義務を承継したものである。

(二) 原告は、後記のごとく移住するに至るまで大阪市浪速区芦原町で食料品店を経営するとともに、アパート一棟を所有していたものである。

2  移住の経過

(一) 移住会社は、海外移住の振興・促進協力を業務としていたものであるが、同社名義でブラジル国内の不動産を取得することが同国民法一一条によつて禁止されているため、株式の九九パーセント以上を出資してジヤミツク移植民有限責任持分会社(以下ジヤミツクという)なるいわば移住会社の一部局にあたる現地法人を設立し、同社名義で同国マツトグロツソ州テレノス郡所在バルゼア・アレグレに土地(以下本件移住地という)を購入し、造成区画して分譲地(以下本件分譲地という)を設定し、これを移住者に分譲していたものであり、右海協連は各都道府県海外協会を通じて本件移住地への移民を公募していたものである。

(二) 原告は、前記移住者の公募を新聞記事で知り、昭和三五年六月ころ、大阪府海外協会を訪れ、同協会職員伊藤信良から、「本件移住地は豊沃な土地であり、雨量も適量あつて、二、三〇年は無肥料でいける良い土地であるうえ、耕地の側を鉄道が通つていて移住地の中に駅が二つあり、便利の良いところである。農作物としてバナナ、米、ミイリヨウ、マンジヨカ、フエジヨン等が耕作可能である。農業用それから飲料用の水は、ロツテ二つ分について井戸が一つ堀つてある。一ロツテに二町歩は移住会社で開いてある。年間一〇〇コントから二〇〇コントの収入がある。」旨説明を受けた。また、「ブラジル国バルゼア・アレグレ移住地自営開拓移住者募集要領」(以下募集要領という)にも右と同様の記載がなされていたため、その記載を真実であると信じて本件移住地へ移住することを決意し、家族と共に同月二〇日本件移住地の移民に応募したところ、海協連は同月三〇日原告が、家族と共に右移住地の移民に合格した旨通知し、原告は右移住地の移民となることに内定した。

(三) 原告は前記不動産や家財道具一切を売却して資金を作つたうえ、昭和三五年七月二八日、移住会社との間で、原告が本件移住地内の一ロツテを代金八四万一、〇七〇で買受けて本件移住地の移民となる旨の後記移民契約を結び、同日移住会社に対し右ロツテ分譲代金の頭金一三万円を支払い、他方、海協連から渡航費の貸付けを受けて同年八月二日本件移住地への第一一次入植者として神戸港を出港し、同年九月末ころ本件移住地へ到着した。

(四) 本件移住地の実情

本件移住地は、募集要領とは著しく異なり、現地人がすでに見捨てた土地で、昭和三九年九月のいわゆる「黒沢調査団」の調査によれば資産評価零の土地であつたうえ、募集要領に記載された雨量の約半分しか雨が降らない(募集要領には本件移住地から約一〇〇キロメートル離れたアキダワナの雨量が記載されていた。)営農不適の土地であり、そのため脱耕者が続出して昭和三七年ころには集団脱耕を協議するほどであつた。ことに原告の選択したG0―2ロツテは、高台にあつて、入植当時他のロツテとの共用井戸はあつたものの水量が少く二つのロツテの水利をまかなうことができなかつたので自費で別に井戸を堀らなければならなかつたうえ、その井戸も半年位して水が枯れるなど本件分譲地内でも特に水利が悪かつた。

(五) 本件移住地購入および移住者募集の経過

ところで、移住会社が右のような営農不適地を購入した原因は、左のとおり同社の調査が不十分であつたことによる。すなわち、本件移住地は、相合不動産信託会社が移住会社に売り込んできたものであるが、同社の売り込み文書ですら本件移住地において農耕のみで安定経営できるとは断言しておらず、水利についても不安を表明していたうえ、その後の移住会社等の調査によつて、本件移住地が右売り込み文書記載の状況とは異つていることが判明したのであるから、本件移住地の購入前になお一層慎重な調査をなすべきであつたのに、移住会社は十分な調査をせずにジヤミツク名義をもつて本件移住地を購入したのである。そして、移住会社は、第一〇次までの入植により本件移住地が営農不適地であることを知つたのであるが、その後も海協連およびその依頼を受けた大阪府海外協会をして、さらに耕作のしにくい高地のロツテについてまで移住募集を続けさせたものである。

(六) 原告は、右G0―2ロツテ入植当初から三年間、移住会社職員の指導により、バナナ、ミイリヨウ、マモナ、陸稲等を作付けしたが、水利の便が悪く、地味も良くないため殆んど収穫はなかつた。そこで原告は同ロツテに見切をつけ昭和三八年ころ脱耕者の一人から低地にあるG3―17ロツテを買い取り同ロツテに移つた。原告は同ロツテに移つて後の同じ年、養鶏を始めるとともに、米、ミイリヨウを耕作したが、米は一ヘクタールあたり約二五俵しかとれず、人夫賃と肥料代で赤字になるのが続いたことや、G0―2ロツテ時代に資金を使い果たし借金がかさんでいたうえ、養鶏が病気にかかつたことなどで営農が立ちゆかなくなり、結局営農を断念して、足かけ一二年の辛苦のすえ、昭和四六年七月帰国するのやむなきに至つた。

3  被告の責任

(一) 不法行為責任

(1) 移住会社は、前記のとおり海外移住の振興・促進協力を業務としているのであるから、海外における本件移住地の詳細な事情の分らない原告等移住者に対し、移住地が農耕に適しているか否かについて正確な情報を与え説明すべき義務があり、また、海協連の依頼を受けて移住募集を行つた大阪府海外協会に移住地の状況を正確に通報し、同協会において虚偽の募集資料作成や移住地の真実の状況を隠した虚偽の説明が行われることのないよう注意すべき義務を負つているところ、移住会社は、右義務に反して前記のとおり現地の実情と全く異つた募集要領を作成させ、かつ、原告に対し大阪府海外協会の募集担当者をして右募集要領に基づいて、本件移住地の状況につき虚偽の説明をさせて原告に移住の決意をさせ、後記の損害を負わせたものであつて、前記2(五)の事情を考慮すれば、原告に右損害を負わせたことについて移住会社に不法行為責任があることは明らかである。

(2) また海協連も、移住募集決定に際し、原告に対し本件移住地の状況について虚偽の事実を告げ、原告をして移住の決意をさせ、実行させたもので、不法行為責任を負うというべきである。

(二) 移住会社および海協連の債務不履行責任

(1) 原告と移住会社との契約

移住会社は、同年七月二八、原告との間で、原告が本件移住地の移民となる旨の左記契約を口頭で結び、これを善良なる管理者の注意義務をもつて履行する債務を負つた。なお、移住会社は、ジヤミツク名義で原告とロツテ分譲契約を結んでいるけれども、ジヤミツクは、前記のとおり移住会社の一部局であるから、右契約の効力は移住会社にも及ぶものである。

イ 移住会社は、原告に対し、前記ジヤミツク名義で所有している一ロツテを金八四万一、〇七〇円で売却する。右ロツテの特定は原告が移住地へ渡航した際空ロツテの中から原告が選定して特定する。

ロ 移住会社は、本件移住地が前記募集要領通りのものであり、その一ロツテにおける農業収入が原告ら一家の生活をまかなうに足るものであることを保証する。

ハ 移住会社は、海協連と連帯して、原告一家が本件移住地に居住する間、その営む農業が円滑に成り立つよう原告に対し水利の確保・種子等の購入や収穫物の売却の斡旋・作付品目の指導助言と営農全般についての指導助言等の援助を行う。

(2) 原告と海協連との契約

海協連は、大阪府海外協会を通じて本件移民の募集をし、前記の通りこれに応募した原告に合格通知をなしたことにより、左記内容の契約上の義務を負つた。

イ 海協連は、原告に対し、本件移住地が前記募集要領通りの土地であることを保証する。

ロ 海協連は、移住会社との前記移民契約の仲介・斡旋をなす。

ハ 海協連は移住会社と連帯して、原告一家が右移住地に居住する間、その営む農業が円滑に成り立つよう原告に対し水利の確保・種子等の購入や収穫物の売却の斡旋・作付品目の指導助言と営農全般についての指導助言等の援助を行う。

(3) 移住会社および海協連は右(1)、(2)の各債務をそれぞれ履行しない。すなわち、本件移住地は移住会社および海協連の保証する募集要領の内容と著しく異る営農不適地であつたうえ、移住会社および海協連は、移住地の雨量が少く水利が悪いのにもかかわらず干ばつに備えての灌漑施設の工事をしないで放置しておき、さらに原告等移住地に対し干ばつに弱い陸稲を主体とする営農指導をすすめるのみで、適切な指導援助を果たさなかつた。

4  原告の損害

原告は自己の営業を廃止し、不動産、家財道具を処分して本件移住地の移民になり、足かけ一二年にわたり辛苦したが、移住会社への債務約二、〇〇〇コントほか親族に対する債務等を負つたのみで帰国せざるを得ず、このため金二、〇〇〇万円相当の精神的損害を蒙つたものであるが、右は移住会社および海協連の債務不履行ないし不法行為に起因するものである。

5  よつて、原告は被告に対して債務不履行ないし不法行為に基づく損害金二、〇〇〇万円およびこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和四九年三月二一日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による金員の支払を求める。

二  請求原因に対する認否および反論

1  請求原因1(一)記載の事実は認める。同1(二)記載の事実は不知。

2  同2記載の事実について

(一)のうち、ジヤミツクが移住会社の一部局であつて、移住会社がジヤミツク名義を用いて本件移住地を購入し、造成区画して分譲地を設定し、これを移住者に分譲したという点は否認し、その余は認める。移住会社は、本件分譲地を移住者に分譲するに際し、ジヤミツクの代理人として関与したことはあるものの、本件移住地の購入等は全てジヤミツクがなしたものであり、移住会社は無関係である。

(二)のうち、募集要領に、本件移住地が肥沃な土壌でおおわれており、バナナ、陸稲・ミイリヨウ・マンジヨカ・フエジヨンの耕作が可能であり、鉄道が本件移住地を貫いている旨の記載があつたことおよび原告が家族と共に昭和三五年六月二〇日本件移住地の移民に応募したところ、海協連が、同月三〇目原告が家族と共に右移住地の移民に合格した旨通知し、原告が右移住地の移民となることに内定したことは認め、原告が本件移住者の公募を新聞記事で知り、同月ころ大阪府海外協会を訪れたことは不知、その余は否認する。

(三)のうち、原告が昭和三五年七月二八日、本件移住地内の一ロツテを代金八四万一〇七〇円で買受ける契約を結び、同日移住会社に対し右ロツテ分譲代金の頭金一三万円を支払、他方海協連から渡航費の貸付けを受けて、同年八月二日本件移住地への第一一次入植者として神戸港を出港し、同年九月末ころ本件移住地へ到着したことは認め、原告がその所有する不動産や家財道具一切を売却して移住資金を作つたことは不知、その余は否認する。右ロツテ分譲契約は、ジヤミツクと原告との間で結ばれたものであつて、移住会社はジヤミツクの代理人として関与したにすぎない。

(四)のうち、昭和三九年九月にいわゆる「黒沢調査団」の調査があつたことおよび昭和三八年ころ入植者の中から脱耕者が出たこと、原告が入植当初G0―2ロツテを選択したこと、移住会社が井戸を用意していたことは認め、その余は否認する。本件移住地は、ジヤミツクが購入するまで前地主が牧場を経営しており、決して見捨てられた土地ではなかつた。また昭和三二年四月本件移住地を調査した農林技官南坊進策の調査報告によれば、土壌検定の結果、原告が入植した土地はテーラ・ロシアであつて申し分のない土壌である旨報告されており、前記「黒沢調査団」の調査報告によつても、本件分譲地は本件移住地の中で資産評価が極めて高い一級地とされている。本件移住地は昭和四九年七月現在三六戸が定着し、養鶏を主体にオレンジ、パイナツプル、トウモロコシ等を栽培しており、その営農成績は優秀であつて、南米移住地のなかでも上位に位置している。

(五)は否認する。ジヤミツクは、本件移住地の購入に際して、前農林省農地局開拓課適地調査班長瀬川技師を主体とする調査班を設けて本件移住地を調査し、移住振興連絡会議の承認を得て本件移住地を購入したものであり、土木、農業その他の専門技術者等の意見により本件移住地内の最も土壌の良い土地に本件分譲地を設定したものである。そして右調査に基づいて、移住会社が本件移住地の実情を農林省振興局に報告し、同局が募集要領を作成して海協連に対し移住者募集開始を指示したものである。

(六)のうち、原告が入植第一年目に米、綿、ミイリヨウ、マモナを耕作したことおよび入植第三年目に養鶏を始めたこと、昭和三七年九月ころG3―17ロツテに移つたことは認め、その余は否認する。原告の営農の失敗は原告に営農意欲が欠除していたことにより営農成績が上がらなかつたためである。なお原告は昭和四六年「国の援助等を必要とする帰国者に関する領事官の職務に関する法律」(以下国援法という)の適用を受けて帰国したものである。

3  同3記載の事実について

(一)の(1)のうち、移住会社が海外移住の促進協力を業務としていたことは認め、その余は否認する。

(一)の(2)は否認する。

(二)の(1)は否認する。原告とロツテ分譲契約を締結したのはジヤミツクであり、移住会社はジヤミツクの代理人として右契約に関与したにすぎないから、原告に対して何らの債務も負担しないものである。

(二)の(2)のうち、海協連が大阪府海外協会を通じて本件移民の募集をし、これに応募した原告に合格通知をなしたことは認め、その余は否認する。

(二)の(3)は否認する。

4  請求原因4記載の事実のうち、原告が移住会社への債務約二、〇〇〇コントを負つていることは認め、原告が自己の営業を廃止し、不動産、家財道具を処分して本件移住地の移民になつたことおよび親族に対して債務を負つたことは不知、その余は否認する。前述のとおり原告の営農の失敗は原告に営農意欲が欠除していたことにより営農成績が上がらなかつたためである。

5  同5記載の事実は争う。

第三  証拠〈省略〉

理由

一請求原因1(一)記載の事実は当事者間に争いがなく、原告本人尋問の結果によれば同1(二)記載の事実が認められる。

二そこで請求原因2記載の原告の主張について判断する。

(一)  移住会社および海協連の職務内容について

移住会社が、海外移住の振興・促進協力を業務としていたものであること、同社名義でブラジル国内の不動産を取得することが同国民法序法一一条によつて禁止されているため、株式の九九パーセント以上を出資して現地法人のジヤミツクが設立されたことは当事者間に争いがなく、〈証拠〉を総合すると、ジヤミツクが移住会社の一部局であるか否かはともかくとして、ブラジル国マツトグロツソ州テレノス郡所在の本件移住地を購入したのがジヤミツクであり、同社は本件移住地を造成区画して六二ロツテからなる本件分譲地を設定し、これを移住者に分譲していたこと、および移住会社は、右分譲の際、ジヤミツクの代理人として移住者と契約を締結していたことがそれぞれ認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。また海協連が各都道府県海外協会を通じて本件移住地への移民を公募していたことは当事者間に争いがない。

(二)  海協連の移住斡旋について

〈証拠〉によれば、本件募集要領は、移住会社の本件移住地の状況に関する報告等に基づいて農林省振興局が作成したものであり、右募集要領には、「本件移住地は、前記マツトグロツソ州の中心都市カンボグランデ市の近傍にあり、地区内をノロエステ鉄道および国道が貫通していること、本件移住地には井戸による飲料水施設が四世帯に一箇所施設されており、一ロツテについて二町歩の伐木抜根がジヤミツクにより施行されていること、本件移住地は玄武岩風化のテーラ・ロシヤという極めて肥沃な土壌でおおわれており、表土も割合深いこと、バルゼア・アレグレ付近の気象として、同地から西方約一〇〇キロメートル離れたアキダワナの気象が記載され、とくに雨量が年間一五〇〇ミリメートルあるとされていること、本件移住地付近は、米、雑穀、コーヒー、バナナの栽培および牧畜が盛んであり、農業経営の一例として開墾を六か年に分けて遂次行い、バナナ、陸稲、トウモロコシ、マンジヨカ、フエジヨンを耕作することが可能であり、これによつて、七年目には年間一七四コントの所得が得られること」等が記載されていたこと、原告は、前記移住者の公募を新聞記事で知り、昭和三五年六月ころ大阪府海外協会を訪れ、同協会職員伊藤信良から、右募集要領の記載にそつて本件移住地の説明を受け、募集要領の記載および右説明を真実であると信じて本件移住地へ移住することを決意したこと、そこで原告は家族と共に昭和三五年六月二〇日、本件移住地の移民に応募したところ、海協連から同月三〇日、原告一家が本件移住地への移住者として合格した旨の通知を受け、移住者となる資格を取得し、その所有する不動産や家財道具一切を売却して移住資金を作つたこと、そして昭和三五年七月二八日、ジヤミツクから本件移住地内の一ロツテを代金八四万一、〇七〇円で買受ける契約をジヤミツクの代理人である移住会社との間で結び、同日移住会社に対し右ロツテ分譲代金の頭金一三万円を支払い、他方、海協連から渡航費の貸付けを受けて同年八月二日本件移住地への第一一次入植者として神戸港を出港し、同年九月末ころ本件移住地へ到着したことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(三)  本件移住地の実情について

〈証拠〉並びに争いのない事実によれば、本件移住地は、第二次世界大戦前はドイツ系の商事会社が所有する農場であつたが、同大戦の勃発により敵国財産としてブラジル国に没収され、戦後公売に付されてブラジル人の所有となつていたものを昭和三二年九月、相合不動産信託会社の斡旋によりジヤミツクが移住会社ならびに同社の監督官庁である外務省および同省が主宰する移住振興連絡会議の承認を受けて買受けたものであること、本件移住地は、マツトグロツソ州第一の都市であるカンボグランデ市の西方約五〇キロメートル(南緯二〇度二五分、西経五五度一〇分)に位置し、ノロエステ鉄道セレスチーノ駅付近に広がる実測約三万六三六三ヘクタールの土地であり、地形は大体平坦地および緩傾斜の波状地帯であつて、南北の地区境界には割合大きな川が流れていること、本件移住地の地質ないし土壌は、本件移住地の東端約六〇〇〇ヘクタールが大略テーラ・ロシヤであり、その余は砂まじりテーラ・ロシヤ(テーラ・ロシヤミスタ)および砂土でおおわれていること、右テーラ・ロシヤ部分を除いては営農に適するところは考えられず、そのため、当初本件移住地全体に分譲地を設定する予定であつたのを変更して、右テーラ・ロシヤ地帯に六二ロツテからなる本件分譲地が設定されたこと、そしてこの分譲地は六二ロツテのうち五二ロツテを分譲したのみで募集が打切られたこと、本件分譲地は、雨量が募集要領に記載されたアキダワナの約半分位しかなく、入植が始まつて以来三年連続の干ばつに見舞われるなど干ばつの強い土地であつたこと、本件移住地の大半は井戸により水利を得ていたものの水の便が悪く、他にめぼしい灌漑施設もなかつたこと、また本件分譲地は右のごとくテーラ・ロシヤ地帯に設定されたものの、農耕地としては一ロツテにつき平均二〇パーセント位しか利用できない地味の悪い土地であつたこと、本件移住地においては、右のような土地および天候の状況により、募集要領に記載されたトウモロコシ、バナナ、陸稲等を主体とした営農は殆んど不可能であり、そのため昭和三七年ころには、本件移住地の移住者の間で集団脱耕する話まで出たこと、その後昭和三八年ころから養鶏を始めたことで、同移住地全体としては一応生活のめどが立つようになり、昭和四六、七年ころにはブラジル移住地の中でも上位の営農成績を上げるまでになつたが、募集要領記載の品目を主体とする営農により成績を上げている移住者は皆無であつたこと、ことに原告が最初に入植したG0―2ロツテ等高台にあるG0区画のロツテにおいては水が出ず飲料水にもこと欠くありさまで、営農ができず、昭和三八年ころまでには同区画の入植者全員が同区画から移動ないし脱耕してしまい、少くとも昭和四七年ころまでの間同区画に入植した者はいなかつたこと、ならびに右のとおり原告等高台に入植した者は、入植当初三年間続いた干ばつの被害を最もひどく受けており、この時期に携行資金を使い果たして借金がかさみ、その後の養鶏転換期にもうまく対応できず移住に失敗した者が多かつたことがそれぞれ認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。

(四)  本件移住地購入および移住者募集の経過

〈証拠〉によれば、ジヤミツクは、本件移住地を相合不動産信託会社の売り込みにより購入したものであるが、購入の決定にあたつては、右信託会社の「ヴアルゼア・アレグレ耕地概況」なる売り込み文書を参考にするとともに、移住会社の指示を受けてジヤミツクの瀬川技師等に本件移住地を調査させた結果を基礎としたものであるところ、右調査は、最も重視すべき本件移住地近隣居住者の意見を全く聴取しておらず、気象状況についても本件移住地と著しく異つたアキダワナ付近の気象を調べたのみであり、さらにジヤミツク独自の地質検査もなされた形跡がないなど不十分な調査であつたうえ、右調査においてさえも、陸稲、トウモロコシについて四、五年に一回干害があることおよび現実に右調査の前年に本件移住地付近のカンボグランデ市付近において干害のため陸稲の収穫が減少するなどしていたことが明らかにされていたのであるから、ジヤミツクないしジヤミツクから詳細に報告を受けている移住会社としては右干害の恐れ等についてなお一層調査検討すべきであつたのにこれをしないで本件移住地を購入したものであり、さらに、原告が本件移住地に入植したのはジヤミツクが本件移住地を購入してから三年、入植開始から一年以上たつてからのことであるところ、ジヤミツクは本件移住地に事務所を開設していたのであるから、その間の入植状況、とくに干害のため農耕が困難であつたことを把握し得た筈であり、移住会社としてもジヤミツクから報告を受けて右のような状況を知つていたのに、これを募集要領を作成しかつ海協連に本件移住者の公募を指示した農林省振興局に連絡せず、移住者の募集を継続させていたものであることが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(五)  原告の入植状況

〈証拠〉によれば、原告は、G0―2ロツテ入植当初から三年間移住会社職員の指導を参考にして、バナナ、陸稲、ミイリヨウ、マモナ、綿等を作付けしたが、当時本件移住地は三年続きの干ばつに見舞れていたうえ、右ロツテが高台にあつてもともと水利の悪い土地であつたため、本件分譲地では干ばつの被害を最も強く受け、井戸が枯れて飲料水にもこと欠く有様で収穫は殆んどない状態であつたこと、原告は、昭和三七年九月、右ロツテに見切をつけ、脱耕者の一人から低地にあるG3―17ロツテを買い受けて同ロツテに移つたこと、原告は、右G3―17ロツテに移つた後、昭和三八年ころから養鶏を始め、そのかたわら陸稲、ミイリヨウ、カボチヤ等を作付け(しかし、土地が悪いことや雨が少いことで採算がとれなかつたため、後に耕作を止めてしまつた。)したり、同ロツテに移つて二、三年してから、カンボグランデ市内にバール(立飲み喫茶店)を出して子供にやらせるなどしていたが、思うようにロツテの生産が上がらず、G0―2ロツテ時代にした借金の返済に追われていたうえ、インフレの激しいブラジル国では円に対して通貨が暴落するのにロツテ代金の支払いが円建てになつていたため、ロツテ代金返済のめどがつかない等の事情で、しだいに営農意欲を無くしていたところ、昭和四五年ころ鶏が病気になるなどした際、G0―2ロツテ時代に資金を使い果たしてしまつたことや前記のとおり借金がかさんでいて融資を受けることができないことなどで鶏を入れ代えることができず養鶏が頓挫してしまつたこと、以上のことから原告は、昭和四六年八月ころ営農を断念して、国援法の適用を受けて日本へ帰国したことが認められ右認定を覆すに足りる証拠はない。そして、前記認定事実に照らせば、原告の営農の失敗は、原告が開拓の途中で営農意欲をなくしたことも原因の一つと考えられるけれども、その主たる原因は、本件移住地の実情が募集要領に記載されていたのとは異り、営農不適の土地であつたということにあると認められる。

三被告の責任

移住会社が、海外移住の振興・促進協力を業務としていたことは当事者間に争いがなく、〈証拠〉によれば、移住会社は、その業務の一環として、ジヤミツクを代理して移住者との間で本件ロツテ分譲契約を結ぶとともに、ジヤミツクが本件移住地を取得し、分譲地を設定するに際しジヤミツクから詳細な報告を受けていたものであるうえ、ジヤミツクに対し移住地の調査を命じたり、ジヤミツクから移住地購入について了承を求められてこれを承認したりしていることおよび移住会社はジヤミツクから本件移住地の状況について報告を受けたうえ、これを農林省振興局に報告し、同局が右報告等を基にして募集要領を作成し、海協連に対し移住者の公募を指示したことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

そして右認定事実に照らせば、移住会社は、海外にある本件移住地の詳細な事情の分らない原告移住者に対し、本件移住地の状況について正確な情報を与え説明すべき義務が存し、また、本件募集要領を作成した農林省振興局および公募を担当した海協連ないし各都道府県海外協会に対しても同様に移住地の正確な情報を伝達すべき義務が存したというべきである。ところで、〈証拠〉によれば、本件ロツテ分譲契約の際、原告に対し移住会社が本件移住地の実情を正確に説明し、あるいは募集要領に本件移住地の実情が正確に記載されていれば、原告において移住を決意することはなかつたと認められるところ、〈証拠〉を総合すると、移住会社が農林省振興局に対し、本件移住地の実情と異つた報告をしたため、同局において本件移住地の実情とは異つた募集要領を作成したことおよび移住会社は、ジヤミツクを代理して原告と本件ロツテ分譲契約を締結した際、本件移住地の実情が募集要領記載の状況と異つていることを説明しなかつたこと、そのため右説明や募集要領記載の事実をもとに移住するか否かを判断せざるを得なかつた原告としては、本件移住地の状況が募集要領記載のとおりであると信じて移住を決意し、本件移住地に入植し結局後記四の損害を蒙つたことがそれぞれ認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。そして、前記認定した事実を考慮すると移住会社が原告に対し本件移住地の状況を正確に説明せず、あるいは本件移住地の状況について実情と異つた報告を為したことにつき、移住会社に過失があつたことは明らかであるから、移住会社は原告に対して不法行為責任を負うものであり、被告はこれによる賠償債務を承継したことが明らかである。

四原告の損害

原告は、移住前大阪市浪速区で食料品店を営み一応の生活を送つていたのであつて、是非とも移住しなければならないといつた事情にはなかつたのに、前記のとおり移住会社の過失により、本件移住地について誤つた認識をもつて移住を決意し、右食料品店を廃業するとともに所有していたアパート一棟のほか家財道具一切を処分して一家六人を上げて移住したうえ、前記二の(五)で認定したごとく本件移住地において一一年もの間苦労を続けたにもかかわらず、原告のロツテからは一家の生計を維持することすら困難な収入しか上げることができず、借金を重ねながらの生活を強いられたすえ、結局営農に失敗して退耕し帰国せざるを得なかつたものであつて、原告自身のみならず家族全員にとつて一一年間という貴重な歳月を浪費させた原告の精神的・経済的打撃は察するに余りあるといわざるを得ないが、他方、原告が一時期営農意欲を失なつて被害を一層拡大させた面もあり、また、原告と同様の境遇におかれながら養鶏に転換するなどして営農を維持している者も存したことなどの事情もあるので、その他諸般の事情を併せ考えると原告の精神的損害は金二〇〇万円が相当である。

五してみると、その余の事実を判断するまでもなく原告の請求は金二〇〇万円および訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和四九年三月二一日から支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による金員の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文を適用して主文のとおり判決する。仮執行の宣言を付することは相当でないからこれを付さないことにする。

(岡村旦 将積良子 小林正)

別紙〈省略〉

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